ニック(1)
ガシガシっ!!
ガシガシっ!!
「あっ!?ニックが来た!!お-!!ニック久ぶり!!わかった、わかった舐めるなよ!」
ニックというのは、僕の家にやって来た2代目の犬でした。
思えば、あの時のニックの舐めようはいつもと違ってたんです。
気付いてあげるべきだったな・・・。
僕は、幼少の頃からずっと犬と暮らして来ました。
初代は「クロ」といいます。
黒犬でしたので、そう名づけました。
僕が4歳の時でした。父の知人の家の犬が子供を産んだという話を聞き、
父の自転車の後ろに乗り、犬の赤ちゃんを見に行きました。
見に行くだけのはずが、帰りには2人と1匹になって帰って来たんですね。
縁側で腹ばいになり、授乳をしていた母犬に群がるクロたちの光景を今でも覚えています。
僕が4歳。妹が2歳。
クロは見る見る間に成長し、いつの間にか、僕たちを守るのが役目のようになりました。
外に行けば必ず、ついて来ましたね。
あの頃は、どこも放し飼いでした。
近くの川に遊びに行った時は、僕が膝下辺りまで水に浸かると、
「それ以上先にはいくな」と、言わんばかりに僕に向かって吠えました。
そんなクロが死んだのは、僕がまだ夢の中、早朝でした。
両親はクロの死体を僕たちに見せたくないと、処分してしまいましたので、
僕はクロの最後を見ていないのです。
そう。「処分」という言い方なんだよなぁ。
今のように愛犬のお葬式などしない時代でしたからね。
どう処分したのかは、今も聞かされていません。
当時、犬は外で飼うものでしたから、飼い犬の死のほとんどが「フィラリア」でした。
続いて「ジステンパー」。
ジステンパーは、主に子犬がウイルス感染する病気でしたので、
子犬の時にワクチンを打っておけば、それからは守られます。
しかし、そのワクチンを打たずに飼っている家庭も少なくありませんでしたので、
子犬にしてこの世を去る犬は珍しくなかったですね。
クロの死は「フィラリア」でした。フィラリアとは、蚊の感染による病気です。
「犬小屋」という言葉がありますように、放し飼いの犬は、夜になると朝まで鎖に繋がれます。
犬も鎖に繋がれることを望んでいませんでしたので、僕が鎖を持つと、ささやかな抵抗をします。
それでも、強く声をあげて名前を呼び続けると、諦めたように頭を下げて鎖に繋がれるのでした。
どこの犬もそうだったはずです。
アメリカのテレビドラマでは、家の中で犬と暮らしていました。
それが本当に羨ましかった。
犬と一緒に寝る光景に憧れたものです。
クロが死んだのは、僕が9歳の時じゃなかったかなぁ。
この辺りは明確には覚えていません。
実質、クロとの生活は5,6年だったと思います。
クロが居なくなってから、毎日、寂しくてねぇ。
ペットロスでしたね。あの頃そのような言葉はありませんでしたが、
学校から家に戻ってくる時間に、
毎日、家の前でお座りして待っていてくれた家族を失った寂しさがしばらく続きました。
そんな僕のところにやって来たのが「ニック」でした。
なぜ「ニック」と名づけたのかは覚えていませんが、
おそらくアメリカドラマの中で、そのような登場人物がいたのではないかなぁ。
ニックはクロ以上に大型犬に成長しました。
母の持つ買い物かごをくわえて歩くのが好きで、すれ違う人たちは、みんな振り返って見ていましたね。
「買い物かごをくわえてお使いに行く犬」
そのように言われていましたが、決してお使いに行くことはありませんでした。
ただ、母が握っていた買い物かごを横取りして、一緒に歩くのが好きだったんですね。
ですので、買い物が多かった日には、ニックが家まで運んでくれました。
母と僕とニックの分担作業という感じです。
本当に気の優しい犬でした。
しかし、そのニックもフィラリアにかかってしまったのでした。
小屋から出てこなくなってしまった。
本当に辛かったのでしょう。
獣医さんに来てもらいましたが、「もう手遅れだろう」と。
覚えていますよ。毎日、毎日1本の注射を打ってもらったことを。
「手遅れ」と言われても、諦めることができない。
フィラリアにかかったニックは、それまでのニックではなくなりました。
僕が近づいても牙を向けるようになってしまっていました。
僕が名前を呼んで近づいても、こちらを振り向こうとはせず、体を丸めたまま唸るのです。
あの大型犬に唸られると、飼い主の僕であっても危険を感じてしまいました。
しかし、いつしか吠えることさえできないくらいに弱っていったのです。
獣医さんの言葉を覚えています。
「もう、無理よ。諦めんしゃい。今日の1本で最後にするね」
ごく普通の家庭でしたし、毎日の注射代のことを気遣ってくれての言葉でした。
しかし、変化が現れたのです。
その最後の注射が効いたのかどうかはわかりませんが、ニックが回復し始めたのです。
小屋から出て、ご飯を少しずつ食べるようになったのです。
つづく
ASKA(2020/4/25 16:08)
ガシガシっ!!
「あっ!?ニックが来た!!お-!!ニック久ぶり!!わかった、わかった舐めるなよ!」
ニックというのは、僕の家にやって来た2代目の犬でした。
思えば、あの時のニックの舐めようはいつもと違ってたんです。
気付いてあげるべきだったな・・・。
僕は、幼少の頃からずっと犬と暮らして来ました。
初代は「クロ」といいます。
黒犬でしたので、そう名づけました。
僕が4歳の時でした。父の知人の家の犬が子供を産んだという話を聞き、
父の自転車の後ろに乗り、犬の赤ちゃんを見に行きました。
見に行くだけのはずが、帰りには2人と1匹になって帰って来たんですね。
縁側で腹ばいになり、授乳をしていた母犬に群がるクロたちの光景を今でも覚えています。
僕が4歳。妹が2歳。
クロは見る見る間に成長し、いつの間にか、僕たちを守るのが役目のようになりました。
外に行けば必ず、ついて来ましたね。
あの頃は、どこも放し飼いでした。
近くの川に遊びに行った時は、僕が膝下辺りまで水に浸かると、
「それ以上先にはいくな」と、言わんばかりに僕に向かって吠えました。
そんなクロが死んだのは、僕がまだ夢の中、早朝でした。
両親はクロの死体を僕たちに見せたくないと、処分してしまいましたので、
僕はクロの最後を見ていないのです。
そう。「処分」という言い方なんだよなぁ。
今のように愛犬のお葬式などしない時代でしたからね。
どう処分したのかは、今も聞かされていません。
当時、犬は外で飼うものでしたから、飼い犬の死のほとんどが「フィラリア」でした。
続いて「ジステンパー」。
ジステンパーは、主に子犬がウイルス感染する病気でしたので、
子犬の時にワクチンを打っておけば、それからは守られます。
しかし、そのワクチンを打たずに飼っている家庭も少なくありませんでしたので、
子犬にしてこの世を去る犬は珍しくなかったですね。
クロの死は「フィラリア」でした。フィラリアとは、蚊の感染による病気です。
「犬小屋」という言葉がありますように、放し飼いの犬は、夜になると朝まで鎖に繋がれます。
犬も鎖に繋がれることを望んでいませんでしたので、僕が鎖を持つと、ささやかな抵抗をします。
それでも、強く声をあげて名前を呼び続けると、諦めたように頭を下げて鎖に繋がれるのでした。
どこの犬もそうだったはずです。
アメリカのテレビドラマでは、家の中で犬と暮らしていました。
それが本当に羨ましかった。
犬と一緒に寝る光景に憧れたものです。
クロが死んだのは、僕が9歳の時じゃなかったかなぁ。
この辺りは明確には覚えていません。
実質、クロとの生活は5,6年だったと思います。
クロが居なくなってから、毎日、寂しくてねぇ。
ペットロスでしたね。あの頃そのような言葉はありませんでしたが、
学校から家に戻ってくる時間に、
毎日、家の前でお座りして待っていてくれた家族を失った寂しさがしばらく続きました。
そんな僕のところにやって来たのが「ニック」でした。
なぜ「ニック」と名づけたのかは覚えていませんが、
おそらくアメリカドラマの中で、そのような登場人物がいたのではないかなぁ。
ニックはクロ以上に大型犬に成長しました。
母の持つ買い物かごをくわえて歩くのが好きで、すれ違う人たちは、みんな振り返って見ていましたね。
「買い物かごをくわえてお使いに行く犬」
そのように言われていましたが、決してお使いに行くことはありませんでした。
ただ、母が握っていた買い物かごを横取りして、一緒に歩くのが好きだったんですね。
ですので、買い物が多かった日には、ニックが家まで運んでくれました。
母と僕とニックの分担作業という感じです。
本当に気の優しい犬でした。
しかし、そのニックもフィラリアにかかってしまったのでした。
小屋から出てこなくなってしまった。
本当に辛かったのでしょう。
獣医さんに来てもらいましたが、「もう手遅れだろう」と。
覚えていますよ。毎日、毎日1本の注射を打ってもらったことを。
「手遅れ」と言われても、諦めることができない。
フィラリアにかかったニックは、それまでのニックではなくなりました。
僕が近づいても牙を向けるようになってしまっていました。
僕が名前を呼んで近づいても、こちらを振り向こうとはせず、体を丸めたまま唸るのです。
あの大型犬に唸られると、飼い主の僕であっても危険を感じてしまいました。
しかし、いつしか吠えることさえできないくらいに弱っていったのです。
獣医さんの言葉を覚えています。
「もう、無理よ。諦めんしゃい。今日の1本で最後にするね」
ごく普通の家庭でしたし、毎日の注射代のことを気遣ってくれての言葉でした。
しかし、変化が現れたのです。
その最後の注射が効いたのかどうかはわかりませんが、ニックが回復し始めたのです。
小屋から出て、ご飯を少しずつ食べるようになったのです。
つづく
ASKA(2020/4/25 16:08)
COMMENT
ニック(1)のコメント
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ニックネーム:つきあかり④まで読みました。
犬に愛情をかけ、犬からの愛情も感じる分、別れは本当に辛い。
犬は亡くなるとどこへ行くのか、色んな見解がありますが、
こちらに後悔があったとしても、犬はきっとバイバイって、元気に還って行ったと思いたいです。
愛犬との別れ、ASKAさんの辛さや後悔が少しでも癒えますように。 -
ニックネーム:のりべ^^うちのマルチーズの ジョンも ジステンパーで処分されました 大学病院獣医科で可哀想なことしました 今になって思い出しました
-
ニックネーム:もこ&ふぅこうゆう話だといいですね、
なんか普通で。
私にも二歳違いの兄がいて子供の頃を思い出します。 -
ニックネーム:Emerald green昔、犬は外で飼っている家がほとんどでした。
繋がれている犬小屋の前を通る度に
怯える私の心を犬に見透かされるように
毎度吠えられていました。😆
今では、家の中で普通に暮らす家族同然の
動物たち。
我が家にも18才を過ぎたネコちゃんが
います。いつか別れがくるとは思いたく
ないけれど、その時が来た時どんな気持ちに
なるのかと考えただけで涙が出ます(´;ω;`) -
ニックネーム:s.k.犬も家族ですからね!小学生のときから飼ってた犬は14年間生きましたが、死んだときはほんとに悲しくて辛かったです。ペットを飼うと別れの辛さもあるから、この先もペットは飼わないと思います。