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TOKYO FM「Terminal Melody」17回目放送〜「FUKUOKA」

人は、なぜ故郷を愛すのでしょうか?

答えは簡単です。

「生まれたところ」
「育ったところ」

だからです。

そんな僕はシンガーとして全国区となった。
出身地は福岡。

「福岡への愛」はあっても、全国区となった以上、
「福岡」という地名を歌の題材にすることはできなかったなぁ。

故郷への愛はいいんだ。
当たり前のことだから。

「故郷」は、誰にもあるんですから

僕は事件後、コンプライアンスで、それまで使ってきたスタジオが使えなくなりました。

以前にもお伝えしたように、自分が経営する自分のスタジオも使えなくなった。
そのスタジオのブッキング(スケジュール管理)をしている会社のコンプライアンスに引っかかり、
八方塞がりになりました。

そんな時、福岡のミュージシャンたちが、

「福岡のスタジオでレコーディングしましょうよ」

と、声をかけてくれたんですね。

みなさん、ご存知のように「福岡」というところは、
本当に表舞台に出てくるミュージシャンが多い。

これに対しての持論は割愛。

そのような場所(福岡)です。
東京のスタジオと変わらないくらい設備が整ってる。

アルバム「Too many people」の楽曲が揃い、
サンプル音源を、いよいよ生楽器に差し替えるため、そんな福岡に向かう直前でした。
アコースティックギターをつま弾きながら、半ば、アドリブのようにメロディができたんですね。

何だろう?
この切ない感じ。
それでいて温かい・・・。

アルバムに入れる楽曲数は、もう十分。

でも、このような時にできた曲には何かがあるはず。

すぐに「澤近泰輔」に、メロディを送りました。

「ピアノだけで歌いたい」

送ってすぐに歌詞を書いてみました。

僕を温かく迎えてくれた故郷、福岡・・・。
福岡帰りの2日前にできた曲。

これまでタイトルとして避けてきた「福岡」。
それをタイトルに、歌詞を書いてみたい。

歌詞はテーマがあってこそ歌詞です。
言葉の使い方、表現はただのテクニック。

そのようなことを一切気にせずに「福岡」を書いてみよう。

数時間で完成いたしました。

番組中に話が出たように、
福岡では、野球シーズン中にタクシーに乗ると、
タクシーの運転手さんは、必ずと言っていいほど野球のラジオ中継を聞いています。

すぐにそれを歌詞に書いてみました。

書きながら思い出したんです。
そう言えば「中島みゆき」さんの歌に

「タクシードライバー」

と、いうのがあったなと。

「タクシードライバー」
「野球の話」

この二つのワードは完全に被りました。
みゆきさんの「タクシードライバー」が実体験かどうかは、僕は知りません。

僕のは、実体験。
「福岡」の日常。

被っていると言われようと、その二つのワードを外すことはできなかったな。

澤近と福岡空港で待ち合わせをし、タクシーに乗りました。
車内では「野球中継」。

チカちゃん、

「歌詞のまんまじゃないですか(笑)」
「でしょう?(笑)」

ここ数年の作品では、いちばん想いの強い曲になりました。


きっと、僕は、誰よりも憧憬というものが強く残ってる。
僕が3歳の時、同じ屋根の下で3世帯が暮らしていました。
雑居ビルならぬ、木造雑居アパートですね。

その3世帯が住んでいた間取りを今でも書けます。

たくさんたくさん遊んだ。
ラジオ体操も、子供たち側ではなく、数人並ぶ大人たち側の方でやっていた。

福岡はね、
僕には風が見える街なんです。

そして、
2016年12月24日夜。

「アルバムから1曲公開させていただきますね」

この約束を守ることができました。

「FUKUOKA」

すぐに100万回再生。
そして、200万回超え。

今ちょっとだけ、いや、かなり後悔してることは、

「Burnish Stone」チャンネルから、
「ASKAオフィシャルチャンネル」

に、「FUKUOKA」を移動させた時、再生回数が「1」からになってしまたこと(笑)

あのままにしておけば良かったですね。

(2021/5/31 20:46)

P.S.

今日、20年くらいぶりに、
「長江健次」が、遊びに来ました。

「曲書いてぇーな、お願いしますよー!!」

と。

「今、アルバイトで忙しい」

と、断っておきました。

いやね、レジが変わったんですよ。
ポイントカード使用されるお客様へのレジ打ちがわからなくて・・・。

曲、書いてるどころではないんです。
分かったか、健次!!

は、置いといて、
健次、本当にたくましくなりました。

もう10年近くライブをやり続けて、収益を義援金としてるそうです。
そんな話を聞かされるとね。

アルバム、ひと段落したらな✌️