タバナクル教会〜NHKドキュメント
「ROCKDOM」が「YouTube」で、
1990年、ロンドン「タバナクル教会」で行ったライブの一部を公開しましたね。
僕は、
1989年に渡英し、ロンドンに半年間住みました。
以前にも書きましたが、
住み始めて、2ヶ月以上、毎日デモトラック制作と、
「NHK英会話」のテキスト、カセットテープで「英語漬け」の日々でした。
あの頃、僕が渡英する前、
当時所属していた会社「YAMAHA」から、
随分、渡英することをヤメるよう説得されたもんです。
「今、日本を離れるのは惜しい。行くことになんのプラスがあるのか?」
僕が渡英する理由を理解していくれていたのは、
当時のマネージャー渡邊、通称なべさんだけだったかな。
そんなYAMAHAを説得してくれたのも、なべさんでした。
あの時、ステージで、
「ロンドンに住むことを決めました、期間は決めていません。
半年になるか、1年、2年、全く決めていません。この渡英の理由は、いつか必ずお話します」
確か、そのように語ったんですよね。
僕には、理由があった。
ものすごく大きな理由。
その間、CHAGEは、ソロ活動、そしてバンドを組むことになりました。
バンド名は、
「MARUCHI」
「C」を囲んで「マルチ」。
何か、足らない気がしたんですよね。
響きが足りない・・・。
「マルチ〇〇」の方がいい。
僕は、会社名などを決めるのが得意でしたし、
その僕の感覚をあいつも認めてくれてましたので、
渡英の前の置き土産として、バンド名案に参加させてもらいました。
「いろいろな事をこなせると言う意味で『MULTI』に、しないか?
そして、それに最大級の『MAX』がつく」
「MULTI MAX」
良い響きですよね?
これは、名付け親が誰だとかそういうことではなく、
あの頃、
「C&Aはお互いが、お互いを受け入れあっていた」
という話です。
セカンドアルバムの「熱風」というのは、
当初、CHAGEが書いた歌詞の中にあったんです。
ただ「熱風」という言葉が、どうしてもメロディに乗らない。
「熱風」という響きは好きでした。
なので、
僕の楽曲に「熱風」というタイトルつけ、
そのタイトルのイメージで松井五郎が歌詞を書きました。
「アルバムタイトル」
そして、「ツアータイトル」となりました。
このような経緯があったことなど、
きっと、あいつは覚えていないだろうなぁ(笑)
「グループに欠かせないもの」
を、しっかり持っていた。
すごく、良い時期でした。
あいつも、ソロ活動にワクワクしていましたからね。
僕が日本を離れたのには、意味がありました。
渡英には、目的はなかった。
しかし、意味があった。
何を歌っても「万里の河」が引き合いに出され、
そして、何をやっても「大陸的」と言われてしまうことに、嫌気が差していたんです。
当時は「海外レコーディング」というだけで、
メディアは、
「洗練された今風のアルバム」
そのように紹介しました。
つまり、欧米コンプレックスが強い時代だったのです。
だったら、一枚きりの海外アルバム制作ではなく、
イメージを変えるために、
「自ら、向こうに住んでしまえ」
これだけだったのです。
生活は、半年でしたが、その効果は如実に表れ、
わずか半年後には「万里の河」以来、
簡単に、リリース第1週で「DO YA DO」が「トップ10」入りしました。
その出来事は、著書「700番2巻3巻」に書いてあります。
その半年の間、日本の音楽雑誌、そしてテレビなどが、
次から次にロンドンに足を運んでくれました。
そして、そのついでと言っちゃなんですが、
「どうせASKAがロンドンに居るなら」と、
CHAGEも、ロンドン入りし、C&A初の海外レコーディングとなったわけです。
海外に居ると、自分が日本人であるという意識も強くなります。
そして、もっとも大きな収穫は、自分のメロディ作りにおいて、なんら差は無いと思えたことです。
僕の中にもあった「欧米コンプレックス」が、消えたということでした。
アルバム完成後、
NHKが、ドキュメントを撮りに、ロンドンに来てくれることになったんですね。
ここまで効果があるとは思いませんでした。
どうせなら、イギリスでライブを行うシーンを作ろうと考えたのです。
イギリスでは無名の、日本のシンガーです。
ただ、そこは音楽の街「ロンドン」。
ライブがあれば、人が集まる。
場所は、教会になりました。
「タバナクル教会」
比較的、黒人が多いエリアでしたね。
わずか1週間のプロモーションで、300人ほどが集まりました。
しかし、それは、あくまでドキュメント制作のために用意したライブ。
40~50分間の、インスタントライブ。
ただの記録用でした。
DVDなどに収めるほどのライブではない。
今回、そのライブから2曲だけ「YouTube」で、ご紹介いたしました。
「BELIEVE IT? 」
https://www.youtube.com/watch?v=HIfar4OnnLg
「LOVE SONG」
https://www.youtube.com/watch?v=wThX8raj9M4
当時の臨場感は、収められていますね。
ASKA(2021/2/6 3:23)
1990年、ロンドン「タバナクル教会」で行ったライブの一部を公開しましたね。
僕は、
1989年に渡英し、ロンドンに半年間住みました。
以前にも書きましたが、
住み始めて、2ヶ月以上、毎日デモトラック制作と、
「NHK英会話」のテキスト、カセットテープで「英語漬け」の日々でした。
あの頃、僕が渡英する前、
当時所属していた会社「YAMAHA」から、
随分、渡英することをヤメるよう説得されたもんです。
「今、日本を離れるのは惜しい。行くことになんのプラスがあるのか?」
僕が渡英する理由を理解していくれていたのは、
当時のマネージャー渡邊、通称なべさんだけだったかな。
そんなYAMAHAを説得してくれたのも、なべさんでした。
あの時、ステージで、
「ロンドンに住むことを決めました、期間は決めていません。
半年になるか、1年、2年、全く決めていません。この渡英の理由は、いつか必ずお話します」
確か、そのように語ったんですよね。
僕には、理由があった。
ものすごく大きな理由。
その間、CHAGEは、ソロ活動、そしてバンドを組むことになりました。
バンド名は、
「MARUCHI」
「C」を囲んで「マルチ」。
何か、足らない気がしたんですよね。
響きが足りない・・・。
「マルチ〇〇」の方がいい。
僕は、会社名などを決めるのが得意でしたし、
その僕の感覚をあいつも認めてくれてましたので、
渡英の前の置き土産として、バンド名案に参加させてもらいました。
「いろいろな事をこなせると言う意味で『MULTI』に、しないか?
そして、それに最大級の『MAX』がつく」
「MULTI MAX」
良い響きですよね?
これは、名付け親が誰だとかそういうことではなく、
あの頃、
「C&Aはお互いが、お互いを受け入れあっていた」
という話です。
セカンドアルバムの「熱風」というのは、
当初、CHAGEが書いた歌詞の中にあったんです。
ただ「熱風」という言葉が、どうしてもメロディに乗らない。
「熱風」という響きは好きでした。
なので、
僕の楽曲に「熱風」というタイトルつけ、
そのタイトルのイメージで松井五郎が歌詞を書きました。
「アルバムタイトル」
そして、「ツアータイトル」となりました。
このような経緯があったことなど、
きっと、あいつは覚えていないだろうなぁ(笑)
「グループに欠かせないもの」
を、しっかり持っていた。
すごく、良い時期でした。
あいつも、ソロ活動にワクワクしていましたからね。
僕が日本を離れたのには、意味がありました。
渡英には、目的はなかった。
しかし、意味があった。
何を歌っても「万里の河」が引き合いに出され、
そして、何をやっても「大陸的」と言われてしまうことに、嫌気が差していたんです。
当時は「海外レコーディング」というだけで、
メディアは、
「洗練された今風のアルバム」
そのように紹介しました。
つまり、欧米コンプレックスが強い時代だったのです。
だったら、一枚きりの海外アルバム制作ではなく、
イメージを変えるために、
「自ら、向こうに住んでしまえ」
これだけだったのです。
生活は、半年でしたが、その効果は如実に表れ、
わずか半年後には「万里の河」以来、
簡単に、リリース第1週で「DO YA DO」が「トップ10」入りしました。
その出来事は、著書「700番2巻3巻」に書いてあります。
その半年の間、日本の音楽雑誌、そしてテレビなどが、
次から次にロンドンに足を運んでくれました。
そして、そのついでと言っちゃなんですが、
「どうせASKAがロンドンに居るなら」と、
CHAGEも、ロンドン入りし、C&A初の海外レコーディングとなったわけです。
海外に居ると、自分が日本人であるという意識も強くなります。
そして、もっとも大きな収穫は、自分のメロディ作りにおいて、なんら差は無いと思えたことです。
僕の中にもあった「欧米コンプレックス」が、消えたということでした。
アルバム完成後、
NHKが、ドキュメントを撮りに、ロンドンに来てくれることになったんですね。
ここまで効果があるとは思いませんでした。
どうせなら、イギリスでライブを行うシーンを作ろうと考えたのです。
イギリスでは無名の、日本のシンガーです。
ただ、そこは音楽の街「ロンドン」。
ライブがあれば、人が集まる。
場所は、教会になりました。
「タバナクル教会」
比較的、黒人が多いエリアでしたね。
わずか1週間のプロモーションで、300人ほどが集まりました。
しかし、それは、あくまでドキュメント制作のために用意したライブ。
40~50分間の、インスタントライブ。
ただの記録用でした。
DVDなどに収めるほどのライブではない。
今回、そのライブから2曲だけ「YouTube」で、ご紹介いたしました。
「BELIEVE IT? 」
https://www.youtube.com/watch?v=HIfar4OnnLg
「LOVE SONG」
https://www.youtube.com/watch?v=wThX8raj9M4
当時の臨場感は、収められていますね。
ASKA(2021/2/6 3:23)
COMMENT
タバナクル教会〜NHKドキュメントのコメント
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ニックネーム: ❤masumi &ASKA💓FellowsASKAありがとう
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ニックネーム:KicksCHAGEさんってこんなにハーモニー綺麗だったんだな。世に出るときにエフェクトかけてるからわからなかったな。奇跡のハーモニーですね。
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ニックネーム:おはぎDVDに収める内容と感じました。
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ニックネーム:のりべ^^はい 録画を何度も何度も 観ました NHKが好きになりました^^
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ニックネーム:ニャン野 じろこのアルバム、何百回も聴いてました😄教会とは思えないですね。
作詞…もう一度見てみょ!実体験??😵😆😆